おはようございます!
AI・Web担当の日高慎哉です!
先日こんなニュースを見ました
Anthropicが
Claudeが生成したテキストに
見えない透かしを入れるとのこと
技術的にはよくわからないですが
画像に透かしが入っているように
テキストにも透かしを入れて
これはClaudeが作ったものですよ
と証明するもの
この発表に
AIを使ったことがわかる
という点で反発が強まっているようです
校正にしか使ってないのに
透かしが入るのはおかしい
という声もあるみたいで
ここで僕が気になったのは
なんでそこまで嫌なのか
ということでした
たぶん
AIを使った=手抜き
と思われることへの抵抗感
楽して作ったんでしょ
自分では考えてないんでしょ
心がこもってないんじゃないの
そう評価されることへの不安
AIを使ったことそのものより
価値を低く見られるのが嫌
なのかな?という側面も感じました
でも僕の場合は
逆の感覚もある
今の時代に
全部自分でゼロからやりました
と言われたら
え!AI使わなかったの?
それに何時間かけたの?
と思うこともある
AIを使う=手抜き
と感じる人もいる
AIを使わない=非効率
と感じる人もいる
価値観が違う
だからAIを使ったかどうかだけで
成果物を評価するのは
これから難しくなる気がする
プレゼンを例にすると分かりやすい
AIできれいな資料を作ってきても
話し始めると分かる
あ、この人
内容を自分のものにしてないなと
資料の文章を説明してるだけで
本人の言葉になってない
ざんねんながら
自分自身も経験あり・・・
特に分かるのが
突っ込まれたとき
なぜこの方法にしたんですか?と
聞かれた時
ちゃんと考えた人なら
最初はこっちも考えた
でもこういう事情がある
だからこっちを優先した
と説明できる
AIの答えをそのまま採用しただけなら
なぜそうしたのかが本人の中にない
ここが大きな違い
価値があるのは
文字を並べる作業だけじゃない
何を伝えるべきか
何が問題か
何を捨てるか
なぜこの結論にしたか
文章そのものより
そこに至るまでに何を考えたか
そこに人間の価値があると思う
もう一つ大事なのが独自性
○○について書いて
とだけ頼めばそれなりの文章はできる
でも一般的な情報の組み合わせになりやすい
実際にこんな経験をした
こう感じた
やってみたら違った
だからこう考えている
これをAIに渡して整理してもらうなら
源泉はその人にある
表面はどちらもAIが書いた文章でも
中身は全然違う
だから
AI生成か人間生成という
判断は難しい
僕的には人間が主でやってるから
人間が書いたと一緒だとは思う
そして最後は責任
間違いを指摘されたときに
いやAIが考えたんで
と言ったら責任転嫁に聞こえる
最終的にそれを選んで
出したのは自分
AIも使って作りました
でもこの内容で出すと判断したのは自分です
その状態である必要がある
問題はAIを使ったかどうかじゃない
AIを使って何を考えたか
何を判断したか
これは自分が考え
自分が選んだものです
と言えるかどうか
そこが価値を分けるんじゃないか
そう感じたニュースでした
それでは
また明日!